umindalen

本と映画,カイエ.umindalen@gmail.com

24時間営業のファミレスはとてもありがたい(と,すこし映画のこと)

インターネットには一切の人間味を感じさせないひとというのがたまにいるものである.生活感や私情をその投稿のどこにも読みとることができず,ただその類いまれなる日本語のセンスだけで勝負しているような,そういうひと.正直けっこう憧れるところがあるのだが,こんなところである程度の長さの散文を綴ってしまっているわたしには,どだい不可能なことだと諦めるほかはない.人間っぽいのはダサいと思うけれど,わたしは根っから人間っぽいようだし,やっぱり人間が好きである.それに非人間の道は,おそらく自死へつながる道なのではないかという気がしなくもない.

 

上はただの思いつきで,深夜のファミレスにこもるのが好きという話.24時間営業を縮小するファミレスチェーンが多いなか,近所のところは変わらずやってくれており,わたしにとっては嬉しいかぎりである.大学生活を送るなかで,レポートを書いたり,なにか計算をしたり,本を読んだり,書きものをしたり,ずいぶんとお世話になってきている.ひとはまばらで机は広く,コーヒーや紅茶はいくらでも飲めるし,家と違ってすぐ寝転がってしまうようなこともない.それから,大学が比較的そばにあるからかもしれないが,ひとりでなにやら勉強しているらしき同類が大抵いるので,なんとなしに心強い(?).仲間に見張られているというような感覚は,集中を保つうえで役に立つ.不思議とマイノリティー同士の連帯感みたいなものを(わたしが勝手に)感じるのだ,喫煙所と同じである(知らないけど).

 

長いこと通っていると,深夜ということも手伝ってか,ちょっと特殊な場面に出くわすこともある.別れ話(かそれに準ずるもの)をしているらしきカップルの,女性のすすり泣きが聞こえてくることが数回あった.両親と高校生くらいの娘が非常に深刻そうな雰囲気で話し合っている,その隣の席に通されたこともあった.しかしもっとも印象的だったのは,以前しばしば見かけた,五六十代の男女ふたりである.どういう間柄なのかよくわからないが,とても夜遅くに来店して,女性のほうが露骨に性的な話をしていたのが強烈でよく憶えている.いつだったかある日の朝早く,近隣を歩いていたところ道端に救急車が停まっており,何人かの救急隊員に交じって件の女性が立っているのを見かけた.おそらくあれ以来,ふたりの姿を目にしていない.

 

それにしても,夜中から東の空が白みはじめるまでのあいだというのは魅惑的な時間帯である.まともな社会はすっかり眠ってしまっているわけで,ひとびとは日中の義務から解き放たれて自由になる.そしてどこか人知れぬ場所で,非日常への裂け目が口を開ける予感がする.都市におけるこうした空気を描きだした作品として,村上春樹アフターダーク』が頭に浮かんだ(ちなみに映画なら,スコセッシの名作『アフターアワーズ』だろうか).日付が変わるころの都会のファミレスで,ひとりハードカバーを読み耽る女性,そこへ男がやってきて彼女に声をかける,ここに始まる陽が昇るまでの一夜の物語.いま読み返すとハルキ節がいささか鼻につくけれども,でもそれがうまく決まっている箇所もあって悪くない.

「しかし裁判所に通って,関係者の証言を聞き,検事の論告や弁護士の弁論を聞き,本人の陳述を聞いているうちに,どうも自信が持てなくなってきた.つまりさ,なんかこんな風に思うようになってきたんだ.二つの世界を隔てる壁なんてものは,実際には存在しないのかもしれないぞって.もしあったとしても,はりぼてのぺらぺらの壁かもしれない.ひょいともたれかかったとたんに,突き抜けて向こう側に落っこちてしまうようなものかもしれない.というか,僕ら自身の中にあっち側がすでにこっそりと忍び込んできているのに,そのことに気づいていないだけなのかもしれない.そういう気持ちがしてきたんだ.言葉で説明するのはむずかしいんだけどね」

 

最後に,本題とはぜんぜん関係ないけれども,さいきん観て好みだった映画をいくつか書き出してみたい.

あの @kentz1 氏がずいぶん浸っていたようだったので.とてもすてきな作品.舞台は美しい緑に陽の光がさんさんと注ぐ1980年代の北イタリア.ふたりの青年の出会い,書物,ギター,ピアノ,たまに水泳.瑞々しく早熟なアプリコット.きっとみなさんもお好きなはず.

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大学の先輩が推していたので.これもすごくよかった.教師を辞し,蕎麦屋で働いていた女性だが,そのお店も畳まれることに.そんな彼女が巡る,ありふれていそうでなさそうな,静かな人間模様.川上弘美的だと思った,わたしは川上弘美が好きだ.挿入歌の「書を持ち僕は旅に出る」もすてきな曲.

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  • 『少女』

湊かなえ原作.女学院高校に通う,死に憑りつかれた多感なふたりの少女のお話.個人的に『告白』よりずっとよかった.

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退職した刑事と余命いくばくもないその妻.ラストシーンは波の打ち寄せる晴れやかな海岸,キタノブルー久石譲の音楽があまりにもズルい.ヒロインの台詞がたった二言しかない.ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞.

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浅田次郎原作.北海道のとある鄙びた終着駅をずっと守ってきた「ぽっぽや」も定年間近.詩情ゆたかな雪景色のカット.(たぶん)18歳の広末涼子がかわいらしい.

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