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川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』

 

ウィステリアと三人の女たち

ウィステリアと三人の女たち

 

 

それを読むことそのものが愉悦であるようなひとつづきの文章というのがある.そういう言葉の連なりに運よくめぐり逢い,自分がすっかり満たされてしまうあの恍惚とした体験を,わたしはいつもどこでも待ち望んでいる.このたび出会った一冊は,さいきん出版された川上未映子による本短篇集である.

内容紹介:

 どんな夜にも光はあるし、どんな小さな窓からでも、その光は入ってくるのだから――。
真夜中、解体されゆく家に入りこんだわたしに、女たちの失われた時がやってくる。三月の死、愛おしい生のきらめき、ほんとうの名前、めぐりあう記憶……。人生のエピファニーを鮮やかに掬いあげた著者の最高傑作。

 

これを手にとったきっかけは,あの蓮實重彥が書評において手放しで絶賛しているのを読んだことである(本筋とは関わりのないことだけれど,二年前に三島賞を受けて記者会見がはちゃめちゃにおもしろかった『伯爵夫人』をいまごろようやく読みました,話題になっているうちは手をふれない天邪鬼なので).ほんとうにすばらしい読書ができた.文章はこなれているから,読もうと思えばするするとすぐに終えられてしまうであろうが,ページを繰るのがどうにも惜しくて,まえへ戻ったり,声に出したりしながらゆっくりと読んでいた.

書評のリンクはこちら.

素晴らしきものへの敬意 蓮實重彦――『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子 | レビュー | Book Bang -ブックバン-

 いまあらためて目を通すと,蓮實御大の仰ることでわたしのいい表したいことはすべて尽きているような気がするので,とりあえずこのレビューを読んでみてほしい.そして興味をそそられた方が,この新著を手にとっていただければ,わたしは嬉しい.

 

さて最後に,わたしも作品に「敬意」を表して,ほんの些細なことではあるが,印象深い一節を引用したい.短篇『彼女と彼女の記憶について』より.

 それからわたしたちは,かつてどこかで同級生だった人たちがするような他愛のない話をしたけれど,こういう場合にありがちな,誰がいまどこでどうしているとか,あのとき誰と誰がどうだったとか,そんな話にはならなかった.彼女は購買部で売っていたパンの種類のことを話し,保健室の真ん中にあった不思議な柱のことについて話し,それから一年の一学期の美術の時間に写生した神社について話し,そして今からじゃ到底考えられないけれど,ブルマという下着となんら変わらないかっこうで体育をやらされていたということについて話をした.

 いいなあと思った.わたしもかつての同級生と(あるいは将来にいまの同期と)いつか会うことがあれば,「誰がいまどこでどうしているとか」の話もまあ悪くはないけれど,どちらかといえば「一年の一学期の美術の時間に写生した神社について」とか,ある意味においてどうでもいいような話がしたいなあと思う.