umindalen

本と映画,カイエ.umindalen@gmail.com

黒田夏子『abさんご』

わたしがなにかを書こうとするのをためらうのは,自分の日本語が不自由であることを認めたくないからであり,思い描いている(ように思える)ことの十分の一も扱いきれないことに気づきたくないからであり,文面の紡がれるそばから内心で「嘘だ」と突っ込み…

春景色,野火,夢の浮橋

丙さんはまだ携帯をほっかむりにはさんだまま,じぶんの椅子の切断を開始し,丁さんも,丙さんがやるじゃあ,おれもやらねえわけにゃあいかねえやなあ,と椅子の背を切り始めた. 丁さんにのこぎりを押しつけられ,大きく息を吸ってから椅子を片手で持って歯…

新年の生存報告

ずいぶん間が空いてしまい,年も明けて一月ほどになった.とうとう死んだのかと思われないためにもたまには書かないといけないような気もするのだが,なにも書く必要を感じないのだから仕方がない.なんだかここのところとても平らなのです.平らか.日記も…

フェルナンド・ペソア『不穏の書・断章』

誰かが本の話を始めるとき,そこはもはや現実の場ではない.舞台の上といってもいいだろう.どんな荒唐無稽なことがらがあけすけに語られてもいいのだ.だが,内容を噛んで含めるように説明してしまってはたぶんに現実の側に肩入れしているようでいまいちお…

アンドレイ・タルコフスキー

紹介記事みたいなものを書いてみようと思った.それがどのようなもので,またどのような形であるにせよ,昔の作品を掘りおこして触れておくことにはなんらか意味があるだろう.さして自分の言葉を記すわけではないかもしれないが,まあ,わたしは引用がした…

読書会のこと

ブログを更新するために文章を書くのは実に虚しいうえにただの恥さらしなので,どうすべきかいつも逡巡してしまうのだけれども,今日は大学で偶然に会ったひとと久しぶりに人間らしい会話ができて機嫌がよいので,書いてみることにした.あとで思いや考えの…

言葉への讃歌

いつの間にこんなことになってしまったのか,というのはつねに見当のつかない困った問いであるが,本のページを繰っていてふと,やはりわたしは文字のひとつひとつから一冊の書にいたるまで,いろいろなスケールで言葉というものが好きなのだなあとしみじみ…

秋の土曜日,日記

目下のところ世界がわたしに対してたいそう親密であり,初めノートにさらさら書こうとしていたことを,なんとなくこちらへ認めようという気がしたので,そうする.大切なのはぼんやりとした全体の構想を揮発させないことだ.急げ.とりこぼすな. よく晴れた…

邦画を何本か

『海街dairy』 吉田秋生のコミックスが原作.観よう観ようとまえから思っていたが,ようやく.鎌倉の古びた一軒家に四姉妹が暮らす,というお話.だいたい『細雪』いらい,四姉妹ものはおもしろいと相場が決まっているのだ(?).法事帰り,長澤まさみが礼…

地下室の手記

「やっとくたばりやがった.俺はこいつみたいに内面のないやつは嫌いだ.おまえに内面はあるか」 ―映画『冷たい熱帯魚』より 暗澹として内向的になってきたので,どんなふうにものを書けばいいのかということについての感覚が戻ってきた.よいことだ.世の中…

明け方の肌寒い十月初め

台風が過ぎてからよい天気が続いているが,秋の長雨はまだ終わっていないのか,よくわからない.傘を差しながら出かけていくのは気が進まないけれど,暑いよりかは肌寒くて薄暗いくらいの気候のほうがいくぶんか気性に合っているように感じられる.加えて,…

tranquilizer としての語学

すこしまえから,ほとんどすべて忘れたフランス語をやり直している.とにもかくにも,なにも余計なことを考える必要がなくて,かけた時間だけ成果が目に見えるもの,そういうものを無心にやっていようと思った.疲れたら積み上がっている本でもなんでも読め…

九月の初め,雨に冷えた日

なにをしていても現実感が乏しく,ただ底深い悲しみがすっかりわたしをひたしているような感じがしてだめなことが多い.堂々巡りの考えをいったん保留にしておいて,気力を絞ってとりあえずちゃんとした食事を摂り,小康の安寧において机に向かって筆を執る…

夢想するユニバーサル横メルカトル

しかし,たとえ私たちの過去が,現在の行動の必要によって制止されるので,私たちにほとんどまったくかくされているとしても,私たちが有効な行動の関心を去って,いわば夢想の生活にもどるたびごとに,それは再び識域を超える力を見いだすだろう.(中略)…

熊野純彦『メルロ=ポンティ 哲学者は詩人でありうるか?』

メルロ=ポンティ―哲学者は詩人でありうるか? (シリーズ・哲学のエッセンス) 作者: 熊野純彦 出版社/メーカー: 日本放送出版協会 発売日: 2005/09 メディア: 単行本 購入: 2人 クリック: 6回 この商品を含むブログ (35件) を見る 内容紹介: 哲学者は、客観世…

道化を演ること,サルトル『嘔吐』再読

部屋を出て,約束通りに喫茶店へ向かった.タクシーに向かって右手を挙げ,煙草に火を点け歩いた.それからタクシーなど見てはいなかったが,それはまるで普通に客を乗せるように,私の前に停車してドアを開けた.少し面食らったが,自分が手を挙げたのだか…

『未来のミライ』と,樹木のこと(と,シフォンケーキ)

www.youtube.com 先日,たしかそのまえの晩にしたたか屋根を打つ夕立の音を体を横たえてうつらうつらしながら聞いた日,友人と連れ立って細田守の新作『未来のミライ』を観に行った.曇り気味で日差しは弱く,急に涼しくなったように感じられ(もう秋か!)…

ゼーバルト『鄙の宿』(と,『土星の環』)

鄙の宿 (ゼーバルト・コレクション) 作者: W.G.ゼーバルト,鈴木仁子 出版社/メーカー: 白水社 発売日: 2014/03/25 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (1件) を見る 内容紹介: ジャン=ジャック・ルソー、ローベルト・ヴァルザーなど、ゼーバルトが偏愛…

話し言葉と書き言葉

わたしはどうにも会話をするのが不得手であると自分で思っているのだが,これはそもそも話し言葉の特質のようなものによっているのではないかと,なんとなく思ったので書き留めておく. 大学の友人たちとはどうせ無茶苦茶な言葉の応酬しかしないので,そうい…

酒やめむそれはともあれ永き日のゆふぐれごろにならば何とせむ

本来ならば,終日一歩も外に出ずただ頭のなかだけで考えたことを書きつけたいのだが,これがうまくまとまらない(寝かせるうちにこちらの気分がころころ変わるので,書き足すと内容の統一感が失われたりする)ので,またまた遊興日記のごときものである.友…

本の話をしたという話

ふだんレジ打ちの店員さんとしか言葉を交わさないわたしであるが,久しぶりに人間と会って,コーヒーを飲みながら(ほかのひとらは煙草も吸いながら)だらだらと書物やらなにやらについての四方山話をしたところ,(ちょろい性格をしているので)精神が虚無…

川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』

ウィステリアと三人の女たち 作者: 川上未映子 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2018/03/30 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (2件) を見る それを読むことそのものが愉悦であるようなひとつづきの文章というのがある.そういう言葉の連なりに運よく…

24時間営業のファミレスはとてもありがたい(と,すこし映画のこと)

インターネットには一切の人間味を感じさせないひとというのがたまにいるものである.生活感や私情をその投稿のどこにも読みとることができず,ただその類いまれなる日本語のセンスだけで勝負しているような,そういうひと.正直けっこう憧れるところがある…

『長谷川龍生詩集』現代詩文庫

長谷川竜生詩集 (現代詩文庫 第 1期18) 作者: 長谷川龍生 出版社/メーカー: 思潮社 発売日: 1969/01 メディア: 単行本 クリック: 6回 この商品を含むブログ (4件) を見る 先日,Twitter 上でかの有名な(?)@fumiya_iwakura 氏が,長谷川龍生と関根弘のある…

久しぶりに朝まで飲んだ

さほど友人が多くもなく出不精であるわたしにとっては,ときたま気心の知れた人間と飲みに行くだけでもそれなりに特筆すべきイベントである.よい酒席というのはなにかしら感銘を与えてくれて,まあ,さしあたり明日からもまた生きていくかという気分にさせ…

あつき日は心ととのふる術もなし心のまにまみだれつつ居り

このあいだの連休ですこし実家へ戻り,久しぶりに間近で生い茂る植物を見るような思いがした.きれいに晴れて,ときおり着衣の下を吹き抜ける風が汗を乾かしていく日であった.とくに柿の木は,年季が入ってごつごつした,あまり健康そうには見えない樹皮と…

本好きの幸と不幸

この記事であるが,ちょこちょこいじるうちに,書き始めてからとうとう三ヶ月も寝かせてしまった(時季のことなのに!).いつまでも下書きで引っ張るわけにもいかないので,そろそろ公開する. 京都で,みながよくやるように持て余した時間を使って鴨川の河…

雑記,というより断片

無聊を持て余している.だんだんと日記や Twitter との区別がつかなくなってくるかもしれないが,まあそれでもよかろう. 家の近所の方で,プランターや植木鉢をたくさん並べて幾種類もの植物を育てておられるひとがいる.ついこの間まで葉のすべて落ちたか…

「人薬」の験あらたか

ひとと会うとたいがいはなんともいえない居心地の悪さを覚えるわたしであるが,そのぶんたまには感動するほどの出会いもある.これほどに気分がよくてはしゃいでいるのはほんとうに久しぶりかもしれないので,書き留めておくのも悪くないだろう.「人薬(ひ…

吉本隆明『エリアンの手記と詩』

軒場の燕の掛巣などを 珍らしげに確かめていたおまえの影よ! おまえは何かを忘れてきたように 視えたものだ! 抱えこむような手振りで けれど何も持つてはいなかつた あずけるような瞳で けれど何も視てはいなかつた それから 亀甲模様の敷石によろめいたり…